好きこそものの上手なれ −スレッドカラーズ短編−

Written by 二級抹茶.
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「あたし、先輩なら全部見せてもいいです!」
 つばさちゃんは力強く言い切った。男として、一度は言われてみたいセリフだろう。それが――学校の教室でなければ。
「えっと、とりあえず注目の的なんだけど」
「あっ。声が大きすぎましたね」
 途端に顔を赤らめる。
「それに、違う意味に取られかねない。日記の話だってのに」
「あははっ、爆弾発言でしたね……でも、あたしはかまわないですよ」
 ストレートな発言に、一瞬言葉に詰まってしまう。素直に気持ちをぶつけてくるつばさちゃんには、ときどき戸惑うことがある。それが一番の魅力とも知っているけど。
「つばさちゃん、生徒手帳に日記をつけているんだ」
 周りに聞こえるよう意識しつつ、僕は会話を再開した。昼休みとはいえ、教室に残っているクラスメートの人数は結構多かった。由真がいないのが不幸中の幸いか。
「ええ、うしろの余白に……あれ?」
 つばさちゃんは左胸のポケットに手を入れて取り出す仕草をみせたが、あわてた様子で自分の体を探り始めた。
「見当たらないの?」
「はい。今朝は見ていますから、どこかで落としたのかも」
 しばらく手を動かして探し回っていたつばさちゃんは、覚悟を決めたかのように僕の方を見つめた。
「これは、探さないといけないですね」
「僕も?」
「当然です。彼女が困っているんだから、手伝ってくれますよね」
「う。わかったって」
 上目遣いに言われると、僕としては断わることもできない。それに、口調よりも楽しんでいる自分がいることも気付いていた。つばさちゃんといると退屈しない。とはいえ「彼女」という実感はなく、どちらかというと妹のように感じていた。もし僕に妹がいたら、こんな感じではないかと思うことがある。
「それに」
 つばさちゃんは言葉を切ってから、手を腰にあてて仁王立ちになった。
「あれが公表されたら、先輩も学校にいられなくなりますよ」
 一体、何が書いてあるんだか……

 それから、昼休みも残り少なくなったころ。
「うーん、見つからないですね」
 階段の踊り場に、つばさちゃんの疲れた声が響いた。
「職員室で落とし物も確認したし、一通り見て回ったけどね」
「あたしや先輩の教室に、途中の廊下、アーチェリー部の部室……」
 いかにも悩ましげな表情で考え込む。ずっと連れ回された僕でも、どうにかして見つけてあげたい気持ちになる。
「女子トイレとか」
「今日は行ってないです……って、何を言わせるんですか!」
 顔を赤くして抗議されてしまう。
「発想の転換が必要なのかも。探せるところは全て見ているはずだし」
「それじゃ、気分転換ですかね。逆転の発想とか。うん、やってみましょう」
 そう言うと、つばさちゃんはいきなり壁に向かって逆立ちを始めた。
「ちょ、ちょっと。つばさちゃん」
 一瞬、突拍子もない行動に驚き、それからあわててスカートを押さえる。スカートの布地を通して、つばさちゃんの体温が伝わってきた。本当に先の行動が読めない。
「あっ」
 つばさちゃんの声とともに、ぽとりと何かが落ちた。
「生徒手帳……」
「あははっ。制服の内ポケットに入ってましたね」
「……」
 しばらくの間、空間が沈黙に包まれた。つばさちゃんの顔が赤く見えるのは、上下が逆転していることだけが理由ではない気がする。
「罰として、このまま五分間がまんするってのはどう?」
 いたずらっぽい声を作りながら、つばさちゃんの足首とスカートを抱える。
「ちょ、ちょっと先輩。すみませんってば」
 ふざけすぎかと手を放そうとした瞬間、僕は背後に気配を感じた。
「あら、尚登……って、何してんの?」
「あ、由真……」
 よく知ってる幼なじみの、冷たい視線が痛かった……

「今日はお騒がせしてしまいましたね」
 学校からの帰り道、つばさちゃんは少しだけ申し訳なさそうに言った。
「そう思うなら――」
 僕は言葉を切って、横を歩くつばさちゃんの横顔を見つめた。つばさちゃんも驚いたような表情で、こちらを見る。
「一つ、僕の言う通りにすること」
「えっ。ど、どんなことですか」
 どぎまぎするつばさちゃん。
「明日、十時に駅前」
 きっぱりと言い切った。
「え?」
「僕につきあうこと」
「は、はいっ! 喜んで」
 ぱっと表情を明るくするつばさちゃんに、僕の気持ちも軽やかになる。
「それじゃ、ここまでだね。さよなら、また明日」
 違う道になるところで、別れの挨拶を送った。
「はい! 先輩、さよならっ」
 元気に走り去るつばさちゃんの背中を見送りながら、明日は映画を見に行こうと決めていた。
 そう、電車に乗って。

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